「帰る」がコミュニケーション手段の場合も

施設で介護員をしていました。遅番で夕食後の片付けをしていると、いつものように入居者様A様が、私の所へ来てこう言われます「さてと、そろそろ私帰らないと」

「そうですか?」と私達介護スタッフは受け入れる事が、まず大切と肝に命じています。

「そうよ、こんなに遅くなってしまったわ、子ども達の夕食も作らなくてはならないし帰ります」A様の口調は段々強くなってきます。この施設に来られて3年目、毎日A様は夕食が終ると決まって帰ると遅番のスタッフに言いにきます。

A様は施設へ来られる前までは、自宅でおひとりで住んでいらっしゃいました。認知症が進行して、独立したお子様方がこの施設に連れて来られたのです。

A様は「私、帰りますよ!」と言ってもドアを開けようとした事は一度もありません。(帰る)と言う言葉でスタッフと会話をしているように思えます。

「Aさん、淋しいですよ、今日一日は泊まって行ってくださいよ」スタッフのこの言葉で満足し、自室へ戻ってくださる事もあります。再び部屋から出て来られて「あのね、私、帰ります」と言いに来る時もよくあります。

ある時、その事実を家族に伝え、家族がもう誰も住んでいないA様の家へA様を連れて行った事がありました。長年住んでいたA様はご自分の家を見て「ここは私の家じゃない」とおっしゃったそうです。

では、A様の家は何処にあるのでしょう。私はやはり思いました。A様はお話がしたいのだと。「私、帰ります」を口火に我々スタッフと会話したいのではないかなと考えられます。